監督:テリー・ギリアム
この映画には、どことなく不幸な影がまとわりつき、観客である私の視点があやふやになってしまったのみならず、役者の演技の力学がどうにも釣り合っていないバランスの悪さを感じました。
好きなところも多々あったけど、いびつさを感じたところも多かったので、思いついたまま記しておきます。
本来、この物語は悪魔との契約を交わした男とその娘の物語としてテーマが置かれたと想像します。そこに「娘の恋の物語」が加わることで、ストーリーに厚みが加わるはずでしょう。場所を転々と移動し生き続ける道化一家に新たな道化トニー(ヒース・レジャー、他3名)が加わることで物語がかき混ぜられ、それ相当の着地点を見せてもらえるのではないかと想像しました。ですから、冒頭からトニーが命を救われるところ、それに終盤のドタバタは見事なギリアム的混沌の中にあり筋が通っているんですけど、中盤がどうにも居心地が悪い。
それは、どなたの目にも明らかなように、ヒース・レジャーが急死してしまったことに起因しています。
私たちはこの映画を目にするとき、否応無しにヒース・レジャーの一挙一動を目に焼き付けてしまうのです。『パルナサス』の前に『ダークナイト』ジョーカーの強烈なキャラに叩きのめされた私は、彼の身体性に、精神性に、引きずり込まれるほどの魅力を感じて見入ってしまう。
すると『パルナサス』の混沌は、ばらけてしまったネックレスのように、いかほど強い色合いの粒を複数見せられたとしても、私の心の中では色彩を欠いたパーツ(単体)でしかなくなります。ぶちぎれを提示されても私たちは完成品として驚くことはできないし、そこここを褒めることはできても統一感の欠如に不満を感じてしまいます。
今作も美術や衣裳など大変魅力的で、ゆがんだ意匠ってゆーか、シンメトリーな形式をわざと壊していびつさを強調するような、観客を不安な気持ちに陥れるような変な映像にうっとりしました。例えば、ギリアム監督の見せる鏡なんかは、人間を反転させて映し出すのみならず、人そのものを呑み込む道具として描かれます。大変ユニークです。
見どころ多い映画で楽しめましたが、混ぜたまま、の濁りにややスッキリさを欠いた一品だったと感じます。……いや、それがテリー・ギリアムなのだ、と言われれば、それもその通りだなーとにやけてしまうような、そんな映画。